まじめにふまじめ

くず大学生の惨状

白紙投票

お久しぶりです。

先日千葉から帰ってきました。東京に戻ってきてまず驚いたのは選挙カーのうるささ。しばらく都会の喧騒から離れて山奥にいたので慣れるまでは時間がかかりましたね。

 

そこで選挙があるたびに話題になることが投票率の問題。

最近は投票率の低下が問題視されており白紙投票に批判が集中しています。

しかしよく考えるとほんとに白紙投票はいけないことなのかはそう簡単な問題ではないことが分かります。二つほど思うところがあります。

 

まず支持する候補者がいない場合はどうするのかという疑問。つまり候補者はこちらの意思とは関係なく勝手に決まっているわけです。

候補者の中から選ぶことはできても候補者を選ぶことは出来ない。。。まずはこのことを認識する必要があります。

よく女の子をデートに誘う時「デートに行かない?」と言うのではなくて「遊園地行くか映画館行くかどっちがいい?」と聞くと成功率が上がるという話ありますよね。

後者の聞き方をすることによって最初からデートに行かないという選択肢を消しているわけです。

今私たちはこの例でいう女の子の立場なのですからどの選択肢も選ばないという選択肢があることを忘れてはいけないのです。

確かにただの無気力、無関心による白紙投票は良くないかもしれません。しかし提示されたラインナップに対してNOを突きつけるという意味があることも覚えておかねばなりません。

 

そして二つ目に投票と政治参加の関係です。

もちろん投票が政治参加のうちのひとつであることは否定しませんが政治参加の方法なんて他にいくらでもあります。果たして投票率向上を叫び白紙投票を非難している人の何人が投票以外の政治参加をしているでしょうか?そういう人に限って投票だけして満足したり実際の政治の内容は知らなかったりするのです。

最初に言ったこととも関連しますが決められた候補者の中から選ぶというのは厳しいことがあります。なので私たちができることとして候補者が出そろう前にに介入するということがあります。それぞれの地域で政治家の方と意見交換をするとか、同じ考えを持った人で集まって候補者を擁立するとかいろいろあると思います。

これらも立派な政治参加行為ですしもしかすると投票よりも大事かもしれません。

 

要は投票率低下や白紙投票を一方的に悪と断定するのではなくて、その背後にある事情やもっと大きな視点での国民、市民の政治参加を考えて議論する必要があるのではないかということです。

 

東京に帰ってきて最初に考えることがこんなことになるとは思ってもいませんでしたがまぁこれからはまた静かな大学生活が始まるので気を引き締めていきたいと思います。